天竜地区

水窪〜

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★魅力

八丁坂
船着場に荷揚げされた米や塩を背負い子に縛って荷継ぎ場までの八丁坂を登った人たちを「浜背負い」と呼んだ。浜背負いが荷揚げした荷は、馬や大八車などで塩の道を運ばれてきた。

足神神社
鎌倉時代に旅の僧「北条時頼公」が足を病んで動けなくなったとき、ここから流れ出る水で治した。足の病にご利益があるといわれ多くの人が参拝し、足神様の名水と呼ばれる湧き水を汲んだりしている。

明光寺峠
「塩の道」の荷継場として賑わっていました。無数に残る古道や民家の軒先をかすめるような狭い道。昔の面影が残る旧道。
北遠では山犬信仰が古くからあり「お犬様」と敬われている。

馬頭観音
塩の道の各所には馬宿が営まれていて、荷物をつないでいました。しかし厳しい山道で力尽きてしまう馬もあったようで、各所に馬頭観音が祀られている。鎌倉時代以降は農耕や交通の守護神として人々に信仰されてきた。

水窪の町並み
出格子と障子、二階は低く抑えられている。江戸時代まで武士を町人が上から見下ろすことが禁じられていたため、建前上では二階を作ることはできなかったが明治時代にかけて中二階の町家が建てられるようになった。

さば地蔵
かつて、信州へ太平洋の海産物を運ぶための長旅。道中、海産物の腐れがないようにと祈願して建てられたもの。傷んでしまわぬようにとここで塩を振ったといわれている。

浦川歌舞伎
佐久間町は江戸歌舞伎の名門である尾上家ゆかりの地。歌舞伎役者、尾上栄三郎が地方巡業の途中に佐久間町浦川で病没。それ以後、毎年9月に供養祭と地歌舞伎を行っている。

川合花の舞
毎年10月、八坂神社に伝承されている湯立神楽。舞庭の中心に湯釜を据え神々を招き湯立てを行い、五穀農穣に感謝し無病息災を祈る舞を奉納します。

みさくぼ街道

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宿場町として栄えた水窪。商店街通りを歩行者天国にして地元特産品の販売や、街道ショーなどかつてのにぎわっていた宿場町を再現している。
みさくぼ祭り
家業繁盛、五穀農穣などの願いを氏神様に捧げる春日神社、八幡神社、諏訪神社の三社の祭礼です。神興、神楽、打ち上げ花火が行われ、祭りを盛り上げています。

秋葉山

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鎌倉時代になると熊野権現の流れをくんだ集権行者が入山するようになり、室町時代には宿坊が山麓に多数設けられ、一大修験場としてその地位を確立した。
江戸時代には秋葉(三尺坊)大権現の名が定着し「火伏の神」として日本全国からの信仰えお集めまた。各地に秋葉講が発生し、秋葉詣として多くの人々が秋葉山を訪れるようになった。

秋葉火まつり

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秋葉寺と秋葉神社で修験者の力を示す火渡りや塩水を使う湯立ちの祭り。多くの信者や参詣者で賑わっている。

秋葉常夜灯

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秋葉街道の通り道に置かれている。昔は当番で菜種油と火打石を持ち、常夜灯を点けて回ったという。「龍橙」と呼ばれる遠州地方独自の形で、江戸時代に建てられた。

山住神社

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山住山の山頂に鎮座し、山犬を祀る神社として有名。元亀3年武田勢に追われていた徳川家康が山住に逃げ込んだとき、山犬が一斉に吠えて武田勢を退散させたとされ三方ヶ原の戦いの後、家康から刀剣が奉納された。
犬居城跡
鎌倉時代に起きた承久の乱の後、犬居など遠江北部の地頭となった天野氏が行者山に築いた城。長篠の戦で武田軍が大敗し徳川軍の攻撃を受けついに落城し、天野氏は城を追われた。犬居城は廃城となり、曲輪や空堀などを残すのみとなった。

高根城跡
久頭合の山頂に位置している。南北朝時代、後醍醐天皇の孫である伊良親王を守るためにこの地の豪族である奥山金吾正定則が応永21年に築いたといわれる。

二俣城
遠州平野の扇の要に当たる重要拠点で、戦国時代は武田、徳川による、激しい攻防戦が行われた。元亀3年の戦いでは城に井戸がなく、徳川方が天竜川から水を汲んでいたことをつきとめた武田方がこの井戸櫓を筏を流して破壊。水の手を断って落城させたといわれている。

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